【冬サミ2008:観劇レポ2】PORT+PORTAIL『年をとった鰐の話』
「冬のサミット2008」2団体目。
PORT+PORTAIL『年をとった鰐の話』
2009年2月10日(火)14:00の回鑑賞
「美しい」って言葉を使っちゃうのはなんかだか安直な気がするんだけど、ゾッとするくらい美しいシーンがいくつもあった。
作品世界に引き込まれる瞬間も何度もあった。
なのに、作品全体として観たときの満足感は高くない。
このことはポストパフォーマンストークでも喋ったのだけれど、圧倒的に構成力の甘さが出てしまっていて、それが全体の流れを退屈で冗長なものにしてしまっていると感じた。
例えば時間の流れ方ひとつ取っても、物語の中心になる鰐はピラミッドが建つのを見たほど年をとったという設定なのだから、その鰐とその他の要素(他の登場人物?とか鰐を取り巻く環境とか)の時間の流れ方が違っていて良いし、むしろそれが観えた方が面白かったんじゃないだろうか。
全体的に一定の時間軸の中だけで作られてしまっている印象があって、メリハリがなかった。
一方で僕は、舞台上での鰐の現れ方が変容していくのがとても面白かった。
“影の鰐(何通りかある)”→“人間が鰐のかぶり物を被る”→“人間の身体のみで鰐を表現”→“剥製のような鰐の人形”。
だけど、それも構成の中で計算されている感じがまったくしなくて、本当はいちいち「ハッ」としたかったんだけど、しばらくしてから「あ、表現方法が変わってる…」と気付くみたいな観え方になってしまっているから、せっかくの演出が、なんだか、まったくもって作品中に立ち上がって来ない。
〈影〉に関しては、僕は非常に面白くて、ゾッとするくらい美しいと思った瞬間はやはり〈影〉のシーンだった。
僕は影絵というのはとてもスリリングなものだと思っていて、それはスクリーン(または幕)一枚を隔てた舞台と客席の関係性のことで、どちらにとっても相手のことが直接には見えていない中で探り合いながら作品を成立させるという関係性をそう感じているのだけれど、なぜだか、今回の作品ではそういうスリルを味わえなかった。
それは可動式のパネル状スクリーンだったということも、単純に影だけで観せるわけではないということもちろん要因としてあるんだろうけど、やっぱりそのスクリーンを演出的に構成の中で活かし切れていないということと、パフォーマーがスクリーンの前に出てくるときの現れ方とか観せ方みたいなものに演出的意識が足りなかったんじゃないだろうか。
と、なんだかエラそうにまとまりなく個人的な感想を書きましたが、面白いと思った瞬間は本当にいくつもあった。
ちょっと羨ましいくらいキレイだった。
僕はポストパフォーマンストークで「再演した方が良いんじゃないか」みたいなことを言ったんだけど、これは本当に率直な意見で、この構成の甘さは稽古をさらに重ねることで、再演という作品を再考する機会をつくることで、解消される部分も多分にあるんじゃないかと思ったから。
今回の『年をとった鰐の話』という作品じゃなくても良いから、〈影〉をつかった作品づくりは続けていってほしいと思った。
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サミディレ・杉原邦生
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